安室奈美恵 NHK特番「告白」引退について語ったこととは?

2017年11月23日に放送されて反響が大きかった、NHK特番「安室奈美恵 告白」が、2018年1月7日深夜0:10に再放送されることが決まっています。

NHKオンデマンドでは、配信される予定はないようなので、今回の再放送をお見逃しなく。

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「つらいこととか、大変なこともあったけどなんか幸せな25年、歌手として素晴らしい出会いもあって、素晴らしい経験をさせてもらった25年でした」という言葉で始まった安室奈美恵さんのNHK特集番組『安室奈美恵 告白』。

引退に関してどのように考えていたのかなど、誰も知らなかったことが語られている貴重なインタビューです。今回は番組で語られた内容を詳しく書いていきます。

※動画は番組で紹介された曲や当時の安室奈美恵さんの活動を知ってもらうために付けています。NHKの特番で放送されたものではありません。

※放送された内容をまとめたものなので、再放送まで内容を知りたくない方は読まないようにしてください。

安室奈美恵 デビュー当時の思い NHK特番「告白」

1992年に「SUPER MONKEY’S」のメンバーとしてメジャーデビューします。番組では、1993年3月のポップジャムのオーディションでデビュー曲「ミスターUSA」を歌う安室奈美恵さんが放送されました。安室奈美恵さん「衝撃過ぎてびっくりしました」と。

当時、15歳の安室奈美恵さんはポップジャムの司会のアシスタントもしていて、駆け出しのアイドルが全力で頑張っている感じです。

安室奈美恵さんは「かなりフレッシュさは伝わってきた感じ」と苦笑いです。当時は、ときめきばっかりだったそうで、「SUPER MONKEY’S」のメンバーで「いつか私たちも、キャーとかワーとか言われたいね」と話をしていたそうです。

この曲が発売された、1993年はテレビに出ていてもヒット曲にめぐまれませんでした。

安室奈美恵さんはデビューしたらすぐにヒットすると思っていたそうです。しかし、2曲目、3曲目とヒットが出ない。「焦り」と「なんでだろう?」。

そして、考えぬいた結果『センターでメインボーカルをしている私が悪いのではないか?』という考えに、事務所の社長に安室奈美恵さんは「辞めさせてください」と言ったことがあるそうです。

かなり追い込まれていたのでしょう。確かにこの当時の安室奈美恵さんは売れないアイドルでこんなこともしていたので。

そして、5曲目の『TRY ME 〜私を信じて〜』が初めてのヒットとなります。

毎週毎週ランキング番組を見ながら「私たちの曲のランキングがどんどん上がっている」「今週もまた上がっている、うそでしょ」とみんなで盛り上がっていたそうです。

小室哲哉との出会い NHK特番「告白」


17歳になった安室奈美恵さん、『Body Feels Exit』から小室哲哉さんの全面プロデュースが始まります。この時小室哲哉さんは、trf、篠原涼子、H Jungle with t、globeなどをプロデュースしてヒットさせていました。

安室奈美恵さんにとって、小室哲哉さんとの仕事はプレッシャーの連続だったそうです。最初に話があったときにまず「嬉しい」、しかしその次に「他の人のように売れなかったらどうしよう、責任重大」というプレッシャーが半端なかったそうです。

小室哲哉さんの野外イベントで初めて『Body Feels Exit』を初披露したのですが、その時はまだCDをリリースしていない状況。歌詞も覚えたて、アウェー感たっぷり、とにかく間違えないように一生懸命だったと安室奈美恵さんは振り返っています。

安室奈美恵、小室哲哉チャート1位連発 NHK特番「告白」

1995年の初めての紅白は『Chase the Chance』で出場します。

ここから、安室奈美恵さんと小室哲哉さんはチャート1位を連発します。

『Don’t wanna cry』 139万枚
『You’re my sunshine』109万枚
『a walk in the park』106万枚

安室奈美恵さんはデビュー当時は、歌うことよりも踊ることが好きだったそうです。センターというプレッシャーから逃げたかったため歌いたくなかったのかもしれません。

踊ることが好きなのでダンサーになろうと思っていたこともあったとのこと。しかし、仕事をしていく中で歌いながら踊ることがすごく楽しいということが分かってきて、歌うことも好きだし、踊ることも好きだけれども、歌って踊ることが一番好きになっていったということです。

そして、アルバム『SWEET 19 BLUES』は当時の女性の共感を得て336万枚ヒット。安室奈美恵さんの人気は社会現象となります。安室奈美恵さんの”メイク” ”ファッション” ”ブーツ” まで真似をする《アムラー》と言われる人が街にあふれます。

当時、安室奈美恵さんは「なんで、アムラーなんだろう?」って自分のことととらえることができなかったようです。名前だけが独り歩きをしていき、不思議な感情が沸き上がっていたそうです。

この時になって、初めてヒット曲がでて、初めての単独コンサートできたりとか、とにかく幸せで順風満帆だったという安室奈美恵さん。しかし、無敵状態ですねとの問いかけに「表面だけ見ると、たぶんそう」と答えて、純粋に喜べない何かがあったんだなという表情をしています。

 安室奈美恵 紅白『CAN YOU CELEBRATE?』の裏側 NHK特番「告白」

1997年10月22日、人気絶頂の時に結婚・妊娠・休業を発表、日本中が驚きました。当時の芸能界では前例がなかったことです。

でも安室奈美恵さんは純粋に好きな人がいて、子供を授かったうれしさしかなく、大きな決断をしたというわけではなかったとのこと。のちには離婚してしまいますが、当時は幸せいっぱいだったのでしょう。

そして、1997年の紅白で『CAN YOU CELEBRATE?』を歌い1年間の休業に入り、翌年紅白で『CAN YOU CELEBRATE?』を歌い復帰をはたしまします。

安室奈美恵さんは、1年間全く歌を歌ってなかったということで、緊張感と温かく迎え入れてもらえなかったら・・・というプレッシャーのなか再び『CAN YOU CELEBRATE?』を歌ったと話をしています。


涙を流しながら歌って熱唱したのが今でも記憶に残っています。安室奈美恵さんも、自らの映像をみてもらい泣きしていました。

その時どのような感情で涙があふれたのかも、番組で語っています。

後半、前に出て歩いて行くときになんか「おかえり」っていう拍手をもらって「ありがとうございます」ってお辞儀をした後、再び温かい拍手をもらい、温かく迎えてくれたことがうれしかった。

人気絶頂で1年の産休という状況で、ファンが自分を温かく迎えてくれるとは思っていなかったそうです。

なんか普通に、「帰ってきたんだなこの子」みたいな感じだと思っていたのに、温かく迎えてくれた。「帰ってきていいんだ」と感じたということで、復帰に関しては相当プレッシャーがあったことがわかります。

安室奈美恵 新しい自分を探すことができず、苦しむ日々 NHK特番「告白」


2000年の沖縄サミットのテーマ曲となった『NEVER END』、この曲を発表した翌年の小室哲哉さんとの関係が終了します。

この時安室奈美恵さんは、ものすごい不安で、今後どうしたらいいのかわからなかったそうです。そんな中、レコード会社の人に「自分で自分をプロデュースしなよ」と言われて自己プロデュースを始めることに。

それまでは小室哲哉さんがこの楽曲はこうだから、こういうジャケ写にして、こういうプロモーションビデオをとってほしい。だからコンサートでもこの曲はこういう演出をしてほしい、という指示があってその通りにやっていただけの安室奈美恵さん。

衣装どうする?ヘアーメイクどうする?ジャケット写真どうする?など、それを全部自分でやらなければいけない。正解も無ければ、間違いも分からない状況で、安室奈美恵さんはファンの皆さんの反応してくれるそういうレスポンスが大事なのかなと思って試していきます。

あんまりピンとこない曲はコンサートで歌ってもあんまり反応がない、こういう楽曲はみんなは望んでいないんだなど、試行錯誤の日々だったそうです。

まら安室奈美恵さんは伝えるべきメッセージを考えて詩も書いていています。当時、息子のために何ができるか、素直に思ったことを素直に書いたのが小室哲哉さんのもとを離れて初めてのシングル『Say the word』です。

21世紀になると安室奈美恵さんは、爆発的な人気は収束し、CDセールス、チャート、コンサートの動員などはシビアな状況になっていきます。ヒットを出さなくてはいけない、でも光が見えずもがき続ける日々。

自分でプロデュースをしていく中で、これでいいのかなー?こういう風にしたらどうかな?と何年もしているうちに歌手の安室奈美恵が分からなくなった。どういう風に脱出したらいいのかも誰も教えてくれないし、誰にも相談できない。落ち込むばかり、考え付くことはやってみてもしっくりハマるものが分からなかった。

と、当時の状況を語っています。

安室奈美恵 「SUIT CHIC」で再び歌う楽しみを NHK特番「告白」

ここで、いったん安室奈美恵を置いておき、安室奈美恵じゃないところで楽曲を出すことを決意します。それが25歳で活動を始めた「SUIT CHIC」というプロジェクト。

「SUIT CHIC」で安室奈美恵さんは「AI」「VERBAL」「ZEEBRA」など沢山のコラボレーションして、多くの刺激を受けます。

物凄く楽しく、ものすごく達成感があった、なんで今までこれを忘れていたのだろう。とにかく、こうしなきゃいけない、ああしなきゃいけない、こうじゃなきゃいけない。楽しむということをだんだんと忘れていた、自分が好きなことは好きだと胸張って楽しまないとそりゃいいものは作れない。

安室奈美恵さんは、「SUIT CHIC」をやることによって今の自分を楽しんで良いと思うことを胸張って堂々とやればいいと思ったとたん、いろんな迷いやプレッシャーなくなったそうです。

そこからは、曲やダンスや衣装がドンドン決まるようになっていきます。楽しむことを忘れていたときは、開けるドアがことごとく外れだったが、それからは周りが明るくなってドアを鍵なし行けるような感じになったということ。

安室奈美恵さんは次のステージに行くことができたわけです。

安室奈美恵 MCなしのコンサートへ NHK特番「告白」

2007年29歳で『Baby Don’t Cry』が大ヒットします。しかし安室奈美恵さんは、このころからコンサート中心の活動となって、テレビへの出演が少なくなっていきます。

テレビは面白いことを言わなければ、しなければというのが苦しくなってきて、コンサートで生の自分を見てもらって、こんな私でよければ好きになっていただけませんか?みたいな感じだった。

コンサートにどんどんシフトチェンジしていく過程で、安室奈美恵さんは感じたことがあるそうです。

1人でしゃべるってすごく難しい。今日は大阪コンサート、何か大阪のことを、何を食べた、どこに行った、ということを毎年調べる。去年はこう言ったから今年は何を言えばいいんだろうか?

とにかく毎年大変、そして、だんだん言うことがなくなってっちゃう。自分の日常を話すにしても、20公演あったとしたら自分のネタが20個もないからどうしようと。

どんな人も、どの公演でも同じことをしゃべると思っていたのですが、安室奈美恵さん、真面目です。

しゃべることが大変になってきて、1回MC抜いたコンサートを作らせてくださいと安室奈美恵さんが提案したそうです。そうしたら2時間のコンサートがきれいにショーとして収まった。

無理して喋らなくていいと思い始めたらコンサートを作るのが楽しくなってMCはもういらなくなっていったそうです。そして、MCなしで2時間ぶっ通しのステージが完成したそうです。

そして新しい「安室奈美恵」は再び頂点に君臨します。

・シングルTOP10入り連続23年 ソロアーティスト歴代1位

・『CAN YOU CELEBRATE?』は229万枚以上、いまだに超える女性アーティストはいない

・10代、20代、30代、40代いわたってミリオン突破を達成した唯一の女性ソロアーティスト

そして、50枚目のシングル「Hero」がリオデジャネイロオリンピックで流れた曲に。今年9月に行われた沖縄での25周年記念ライブのアンコール曲にもなっています。

やっぱり経験することは一番の未来につながること、そこでしか学べないことの方がやっぱり大きい、多いのでどの時間も決して無駄ではなかった。

安室奈美恵 息子の話 NHK特番「告白」

安室奈美恵さんは息子が小さいときには忙しい中、毎朝早起きしてお弁当を作っていたそうです。

タコさんウィンナーや卵焼きなど、またおにぎりに海苔をつけてサッカーボール。安室奈美恵さんの時はキャラ弁が流行するすこし前だったらしく、流行る前にお弁当が終わってすごくラッキーだったと当時を振り返っています。

母であるということは歌に大きな影響があると思っているという安室奈美恵さん。いろいろな感情のコントロールの仕方とは感情の入れかたとかは、やっぱり息子がいたから感じられるものだったとのこと。

今の安室奈美恵さんの、ものの見方考え方は息子の存在があるからこそ。もし息子を出産してなかったら、たぶん全然違う安室奈美恵さんになっていて、この番組に出ていたか、出ていなかったか・・・。

安室奈美恵さんは年を重ねてくにつれて、守らなければならないものも増えてきたし、大切な息子さんの大きさ、偉大さも割と実感してはいるそうです。しかしそれも息子の親離れが進んでいて最近はなくなりつつあるようです。

安室奈美恵さんは子離れが全くできていないようで、息子に「おめーうぜーよ」みたいな感じで言われる毎日を過ごしているとか。

安室奈美恵 引退に対する思い NHK特番「告白」

安室奈美恵さんがホームページの引退発表で「今日は、私が長年心に思い、・・・」と書いたのは、安室奈美恵さんが20代から引退について考えていたからでした。

40歳という節目を選んだ理由について安室奈美恵さんは

理由はすごくありすぎて、深すぎて、というところもあるんですけど、それがたまたま今回の40才と25周年と重なっていたので、歌を歌う自分自身にピリオドを打つには凄くいい節目の年なんじゃないかなっていう風に思いました。

と言っています。

安室奈美恵さんの頭のないかに引退という文字がチラついたのは20台後半の時。

いろいろ悩んでいるのに、相談する人がいないため、相談できないことが大きな悩みだった。その時に引退という文字がちらついたときですら、そのことを誰かに相談するとかいうことができなかったそうです。多分、全部自分で抱え込んでいて周りも手を出せなかったのでしょう。

どうしようかと思っていた時、ふとデビュー当時の時を思い出したそうです。

何故そう思ったか分からないけど、デビューが決まり、すごくうれしい嬉しいとなっていた時に、ふと”でも一生続けていく仕事ではない”と思ったそうです。

安室奈美恵さんは、デビュー当時にすでに引退を考えていたというのです。しかも、その時はデビューしたらすぐに有名人になれると思っていたので、最後の目標もかなり大きく、引退するときには絶対絶対大きなコンサート会場で、引退コンサートをすると大きな夢ばっかりが浮かんでいたということ。
で引退がよぎったときに、ふとそれを思い出したんそうです。

そうだよ、まだ負けちゃいけないし、まだその時の夢かなえてないでしょって、引退するときは大きなコンサート会場で引退コンサートをするっと思ったじゃんって。

そうだまだまだ終われない。今はとにかく必死な顔をして、もがけばいい。そこで「SUIT CHIC」アルバムとか作り始めたりしたそうです。

そうやって必死にもがいていいたら、楽しむってことを忘れてたということを思い出した。とにかく単純に楽しんで楽しみつくす、ということをやってみようとなって、その後の安室奈美恵さんの復活につながっていきます。

35歳、デビュー20周年でずっと目標にしてきた大きな会場でのコンサート、ドームツアーを実現します。

5大ドームツアー8公演、女性ソロアーティスト最多動員34万人を記録します。

引退が本当に目の前に来たのは20周年の時。安室奈美恵さんは、引退の時だという気持ちがあったため、マネージャーにドームツアーが終わったら引退もという話はしていたそうです。

20周年の1年間は、安室奈美恵さんにとって自分の気持ちを精査する1年、本当に引退するのか?それとも、これからも歌って踊ってもやりたいと思うのか、自分に問いかける1年になった。

本当にすべてをやりつくしたて、燃え尽きたそうです。でも20周年の後に引退できなかった安室奈美恵さん。次に何をするっと考えられずにいたということ。

いやいや、こんなんじゃいけないって、私がこんな風になっていたらファンの人たちが絶対悲しんじゃうから、自分が今まで以上にわくわくしたり、今まで以上にドキドキすることをするにはどうしたらいいんだろう

安室奈美恵さんは次の引退を25周年に定めて、5年をどう過ごすべきか考えたそうです。

そして、5年後にた大きなコンサートで引退する夢はかなえられないかもしれない。それなら、この5年間はコンサートでファンの皆さんに楽しんでもらうことに集中しようと。

そのために安室奈美恵さんは、毎年毎年のアルバムのリリースの計画を立て、みんなに喜んでもらえるようなアルバムを作り、でコンサートをしてと続けてきたそうです。

そして、2016年~2017年の全国のホールツアーは40都市100公演、今までで一番多い公演を行いまいした。日本中のファンに直接お礼を言いたい。

今まで応援してくれてありがとうという感謝のツアーにしたかったので。それが25周年の時にやってしまうと本当にしんみりしてしまって泣いてしまってできないと思ったので。そこは自分だけのツアーのテーマでお礼するってツアーで、細かく回らせてもらって、25周年の時は、いつもみたいに明るくみんなで、とにかくこの2時間を楽しみ切るっていう笑って、終われるコンサートにしたかったので、引退前の年はホールツアーをやらせてくださいって。

安室奈美恵さんは、一番つらかった時に支えてくれたファンにどうしても会場でお礼を言いたかったのです。

実際に自分がすごく傷ついて精神的に悲しかった時に、そのツアーで初日ステージに立った時に、ファンの方の暖かさがふわっと来る瞬間があって、わあって鳥肌が立った時に、私はSNSとか何かで自分の言葉を発信することがないので、何も言わない私に対して、あたしたちはここにいるから、あなたはこのステージを楽しみなさいみたいな。それを感じたコンサートがあってこの人たちが、一瞬でも今日のコンサート楽しかった、って思ってくれるような瞬間を作れたら、私は幸せ者だなーって

安室奈美恵 まとめ NHK特番「告白」

引退まで10ヶ月(放送時)、本当にいつもの自分らしくやれればいいなと言う安室奈美恵さん。

コンサートで、みんなが楽しめる空間を作って、みんな来てくれてありがとうという、楽しい1年になれば、嬉しいと安室奈美恵さんはいいます。

常に前向きな安室奈美恵さん。引退に対しては、

引退ってなるとネガティブなイメージってあったりするじゃないですか?そうじゃなくて一つの通過点なので、終わりがあれば次のスタートがあるので、この先の人生の方がもっと楽しいことが待っているし、もっともっと長いので、新しい発見とか、新しい興味とか、何かその間に見つけたやってみたいなってことに情熱を注いでみたり、なんかそういう楽しい人生が待ってるんじゃないかなって思ったりするので楽しみですけど。

と最後を締めくくりました。

今回、歌姫”安室奈美恵”は引退かもしれませんが、違う分野でもしかしたら、新しい安室奈美恵さんを見ることができるかもしれませんね。

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安室奈美恵さんが出場した「紅白歌合戦」を見逃した場合、地上波、BSとも過去の実績では再放送はありませんでした。

そのため、動画配信サービスを使用して見ることになります。「紅白歌合戦」が配信される動画サービスは、つぎの2つ。

・NHKオンデマンド
・U-NEXT

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NHKの番組配信サイトなのですが、登録は無料で、番組ごとに単品で(視聴権を)購入するか、月額料を払って見放題にするかを選ぶことができます。

「紅白歌合戦」の場合は前半と後半に2分割されて配信され、単品購入の場合はそれぞれ216円なので、あわせると436円です。

一度の購入で24時間視聴できるようになっています。

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紅白歌合戦の見逃し動画を無料視聴ができるのは、いつ?

昨年の2016年紅白歌合戦が下記の日程で無料配信されたようです。

【配信開始日時】
2017年1月1日(日)10時(前半)
2017年1月1日(日)12時(後半)

【配信終了日時】
2017年1月15日(日)午後11時59分

今年の紅白歌合戦2017については、配信されるかは今のところ未定ですが、配信されるとしたら同じような日程ではないかと思います。

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『Hulu』では安室奈美恵さんに一年間密着していて、安室奈美恵さんの独占映像が視聴できます。

引退前日の安室奈美恵さんの誕生日の映像や、沖縄宜野湾で行われた25周年のLIVEの裏側の映像やそのLIVEに関する独占インタビュー映像がアップされています。

安室奈美恵さんの沖縄宜野湾で行われた25周年のLIVEに対して完璧を求める姿勢、曲構成に関してどのような思いだったのか、どのようなことを考えてLIVEを行っていたのかなどの話を聞くことができます。

また昨年出場した、紅白の裏側の映像まで見ることができるのは『Hulu』だけです。

『Hulu』では今後1年間にわたって毎月1コンテンツが9月まで配信されるそうで、これから安室奈美恵さんの引退に向けてどのようなコンテンツが配信されていくのか大変楽しみです、ぜひ視聴を。

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