荻野目洋子、ダンシングヒーローが高校生の振り付けで再ブレイク

私からすると非常に懐かしい、荻野目洋子さん。

登美丘高校ダンス部がバブリーダンス振り付けをして荻野目洋子さんの「ダンシングヒーロー」を踊ったことから再ブレイク。しかもその勢いが半端じゃない。

ネット上で忘年会で踊りたいから振付を教えてくださいという質問が多数あるそうで、荻野目洋子さん本人んもびっくりでしょう。

荻野目洋子さん再ブレイクのきっかけとなった登美丘高校ダンス部の動画と、荻野目洋子さんの昔と今の振付の違い。それからダンシングヒーローの振付解説動画というのがありましたので、そちらを見ながら感想を書いていきます。

荻野目洋子 プロフィール

名前:荻野目 洋子(おぎのめ ようこ)
本名:辻野 洋子
生年月日:1968年12月10日(45歳)
出生:千葉県柏市
血液型:B型

小学4年生 テレビ番組『ちびっこ歌まねベストテン』に出演し、チャンピオンになりスカウトされ芸能界デビュー。

小畑和美(ミミ)、荻野目洋子(ルミ)、大森絹子(クミ)による小学生女子3人グループ、『ミルク』としてレコードデビューするが2枚目のシングルで解散し芸能活動を終了。

高校1年生に「未来航海-Sailing-」でビクター音楽産業よりソロデビュー。高校2年生の時、7枚目のシングル「ダンシング・ヒーロー (Eat You Up)」がヒット。

高校3年生には日本レコード大賞の金賞を受賞し、その後3年間連続して同賞を受賞している。また『NHK紅白歌合戦』に5回出場している。

荻野目洋子さんは1985年にダンシング・ヒーローで“歌って踊れるアイドル”としてブレークしています。当時は、踊りすごく苦手で、ロボットみたいだと、ずっとダメ出しされていたそうです。

それでも当時、所属する芸能事務所が荻野目洋子さんのデビューに合わせて新しく設立され、タレントも一人。高校生なのにスタッフの人生も背負って、相当なプレッシャーだったそうでダンスが苦手などと言えなかったそうです。

荻野目洋子 登美丘高校ダンス部ダンシングヒーローの振り付け

高校生ダンス部の全国大会「ダンススタジアム」にて二連覇を果たし、今年は惜しくも三連覇は逃したものの準優勝。全国規模の大会である「DCC」でも優勝した大阪府立登美丘高等学校。

その実力もさることながら、荻野目洋子さんの『ダンシングヒーロー』をお笑い芸人の平野ノラと踊った動画がバブリーダンスとして話題になっています。

こちらが平野ノラさんとのコラボ。

平野ノラが沢山いるという感じですね(笑)、バブル頃はこんなこんな気持ち悪い感じではなく皆さんきれいでしたよ。メイクは今みたいに自然な感じではなかったので特徴はあったのですが。

そして、11月には荻野目洋子さん本人との共演。

これだけ話題になれば、年末の忘年会の余興で踊りたい人が多数出るのも分かります。

ちなみに荻野目洋子さんの中学生の娘さんが、ダンシング・ヒーローのステップを教えてほしいと聞いてきたそうで、本人直々に教えたとか。まあ娘ですからね。

娘さんにステップを教えてほしいと言われて荻野目洋子さんは、素直にうれしかったそうです。

荻野目洋子 ダンシングヒーローの振り付け、今と昔

1986年当時の荻野目洋子さんは高校生、ダンスもキレッキレで激しいですね。今から見るとこんなにアクティブな感じだったっけと思いますが、当時は他の人たちもこんな感じだったので。

シャワーの水で転んでいますが、当時の歌番組はなんでもありだったので、こんなハプニングも起きていました。松田聖子さんが新幹線のホームからの中継で、歌の途中に新幹線の乗っていってしまったなんてのもありましたので。

2014年のダンシングヒーローですがさすがに、落ち着いたダンスですがはーヒールでのステップはさすがですね。

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荻野目洋子 ダンシングヒーロー振り付け解説動画

ダンスが得意な人はチャレンジしてみては、自分はステップすらできませんが。

荻野目洋子 ダンシングヒーロー振り付けのまとめ

平野ノラさんから始まった、バブルものの再ブレイク。どれもおもしろおかしく表現されていますが、確かに当時はおかしかったのでそれはそれでいいでしょう。

荻野目洋子さんも今回の再ブレイクを楽しんでいるようですし、当時は楽しければOKという時代でしたし。

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